カモメとギャロゴ

昨日 隣のO町の水田にカモメの群れが飛び交っていました。
その光景に気がついたのは 軽トラの助手席にいた義兄で 「カモメがこんなところで何すてんだべ? ギャロゴでも食ってんだべが?」

ギャロゴ?? 聞いた覚えのある単語です。
「オタマジャクシじゃね〜の?」

「ギャロゴはビッキのコッコ。ビッキもカエルも同ずもんだぞ。」
そんな正統派K弁で説明してくれる義兄であります。

「おら〜何処さ行ったってこの通りだ。山形の・・・何でもズ〜よりい〜んでねぇが?」
いいも悪いもねぇさ。
K弁も結構乱暴に聞こえるのは・・・多分 仕事言葉のためではないかな?
野良言葉だから 遠くまで届くように暗号化されているのかもしれない・・・カンタの適当な感想

カモメが海岸から低いとはいえ 山を越えてやって来るだけの理由もある訳で この光景は喜ぶ話かどうか。 

 

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壺の碑

日本の古典は勿論 文学などにも縁のない暮らしを続けてきました。
そんな訳で 時々通り過ぎる史跡などにも特別な思いは・・・希薄ですね。

それが あの有名な芭蕉の『奥の細道』とは 今は改修されて面影を見ることも難しい 岩切の・・・(近所と言えるかも)・・・七北田川から多賀城に至る 菅の生い茂る道・・・つい最近 片側2車線の新道が市川橋まで部分開通したとのことです。

あの 芭蕉が訪ねて「感動して涙した」という壺の碑付近も 大きく景観が変わる。今でも多賀城政庁跡地の景観は 分かりづらいものがありますが 益々その傾向が強くなるのか(それとも何か妙案でも)?

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碑を納める覆い堂

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大きく「西」の刻字 覆い堂の格子越しに写したのですが 碑が風雪の経過を感じさせないので意外です。芭蕉の涙は・・・当地に至る旅路の・・・ではなさそう。

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碑が示す「西」の方角には 泉ヶ岳が見えましたが 自動車道や高圧電線らで・・・かなり画像処理が必要みたいです。

碑の建っている場所は 政庁内の正門(南門)に近い位置。西の見晴らしの利くところから選ばれたのでしょうか?そもそも政庁がここに築かれた地勢上の訳なども知らないのですみません。 

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近所のオブジェは

今日の日中は気温が20℃位になったのでは?
葉桜が綺麗に見えたので近づいてみました。
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そういえば 桜もいろいろで 名前を覚えることが・・・難しい!
高台に向う遊歩道を登って見ました。
おじさんが柵を越えて斜面を眺めています。
声をかけてみると「あそこに1本生えてるんだけど 危なくて近づけないわ!」と コゴミを眺めていました。
柵を乗り越えたんだから・・・といっても 親切に採ってあげる気にもなれないので 失礼しました。

いつも目にする高台のオブジェ。
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よく見ると 水道の配水タンクを支える(外観を気にしてデザインしたのか)構造物です。
遊園地の展望台だ! と思い込んでいたので 騙されていた訳です。
真相を知らないで 「何であんなところに・・・展望台が必要か!」と 思い続けたほうがよかったのかもね。

「1万2千歩だ」と 元気に引き揚げるおじいさん。元気です。 

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お騒がせの正体は?

今朝 洗面所にいた時 大きな声で かなり騒がしく「シャッキン シャッキン シャッキン・・・・」 だれもいないはずなので 玄関から居間の方をのぞいて見ました。

本当に大きな声だったのですが どうも野鳥のようです。しかし 野鳥といっても 正体は?
借金に怯える者には とても怖い声でした。
これからも 突然騒がれるような気がします。

そして 間もなくして「チョットコイ チョットコイ」と 叫んでいます。
今度は驚かない!

最近 ほぼ毎朝「ホーホケキョ ホーホケキョ」で目覚めます。
そんなに悪くない目覚まし役。
 

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古いラジカセ

窓際に埃だらけのラジカセが置いてありました。
よく見ると 見覚えがあります。

遠い記憶を辿ると 前職場に「クラシックCD全集」+「ラジカセ」を販売する業者の売り込みがありました。
「クラシック音楽を選曲する能力はない」し 「クラシックなら理解できないから眠り薬になる」との安易な思いで 簡単に購入しました。

おまけのような機械と思っていましたが 音質はそれほど悪くなかったように思います。が結局 利用していたのは子供たちです。
しかし オーディオの世界は 音源から出口までガラリと変わりましたね。

この古いラジカセはパナソニックのRX-DT70というタイプ。なんと「バブルラジカセ」という呼び方があるようです。

電源を入れるとFM放送が聞けました.
それにしても重い! 重さを計ってみると 7キロ超もあります。
こちらに紹介記事もありました。   

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13型

注目の東北勢対戦になった準決勝の 花巻東ー利府は 地力に勝る花巻東が5ー2で逆転勝利しました。
しかし3回裏に 好投手の菊池君から利府の主将遠藤君が2ランホームランを打ったときには 正直にビックリ仰天でした。

利府の塚本投手の絶妙な好投 他の選手もとにかくよくやりました。

明日の決勝戦は花巻東と長崎代表の精峰の対戦です。
グッスリ眠って 思う存分に戦ってもらいたいものです。

タイトル 13=Bに見えたので 血液型性格判断に
カンタはB型(献血手帳で知りました)で なるほど!と思っています。
なぜ? (なぜかは この際省略します)
我が家には A型もおりまして こちらを観察すると 血液型性格判断なるものはイイカゲンです。 
しかし 子供達(AB)まで 変に納得しているのは どこか面白さを感じているのかもしれませんね。
あくまでも お遊びです。火傷しないように! 大吉ヨリも当たっている?

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ポアンカレ予想

3月9日 NHKの再放送番組をみました。初回放送よりもその内容が理解できたとも思えませんが 印象に残りました。『ポアンカレ予想」は この課題に取り組んだ世界中の数学者が皆 数奇な足取りをとってしまうという。しかし遂に 若いロシアのペレリマン博士がこの難問を解いたのです。

そもそも この宇宙の謎を解くという課題が なぜ数学の???
今も物理学の・・・分かりません。

挑戦する数学者は皆 外見は人間ですが 頭の中はスーパーコンピュータを自在に操る奇術者のようです。映画の世界よりも不思議です。

忘れたくないので とりあげました。
 
 

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WBC

韓国チームとの決勝戦は なんと今大会5回目の対戦です。
普通なら「また お前さんか」と 緊張感も薄れるはずなのに 現実は違いました。

水回りの修理を頼まれていたので 姉のマンションを訪ねました。
静かです。
「よく覚えてくれてましたね。」物忘れの得意なカンタへの 何だろう?

「WBCは観なかったの?」
「さっきまで観てたけど 続きは明日かね?」
んっ
「いや 日本が5ー3で勝って 優勝したよ」
「えっ そうなの?」
「延長10回で イチロウが2塁打で出て さすがだったよ!」

普段あまりテレビも観ないし まして野球など知らない姉が WBCは応援していたのです。
しかし 延長戦というルールのことは知らず テレビを消してしまったようです。

そういえば「観ていられない!!」とハラハラして落ち着かない 80歳の義母・・・もおりました。
どうして野球というスポーツを 命懸けの戦闘見たいな場面に妄想するのか・・・どうもよく分からない年配者を身近にしたWBCでした。「愛国精神」ということ?戦前の愛国教育の名残り?

野球はスポーツです。よきライバルがあって盛り上がり 互いを認め合うものです。
「勝った!」だけではないのですよ 先輩!(姉と義母へ)
サッカーよりも落ち着いて 選手を褒められる自分を発見しました。

手こずりましたが 無事 水回りの部品交換を終えて お茶をしてきました。  

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水出し番茶

先日 姉から「顔の手入れに効果的だから」という訳で番茶をもらいました。
親切なのはありがたいが 普段に緑茶を楽しむ習慣がないので・・・・数日放置状態でした。

当然 このままでは「どうだった?」と聞かれても「あっ わすれていた!」ということになる・・・のが目に浮かぶのです。要するに 半信半疑なお試しには 面倒なことはしたくない!のですね。

そこで考え付いたのは 楽に「番茶効果を試す」ことです。


お湯を使わず 1.5ℓのペットボトルに「番茶」を適量サッサと投げ込み そして水道水をザーと流し込みます。
後は 1時間半ばかり放置してから 番茶の葉を漉して「水出し番茶」の出来上がりです。
2時間放置すると 茎の成分だろうか?香ばしい味と違うものが溶け出してきますから 放置時間は好みの時間を越えないことです。

番茶の効果は 実は 取り出した茶殻を使って 顔を湿らす?  ということなのですが「水出し番茶」をがぶ飲みする面白さが 今のところ勝っています。
「お茶のおいしい入れ方」は60~70℃のお湯らしいのですが こんな乱暴な楽しみ方もアリです。 

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1968年

今日 NHK総合テレビのアーカイブスで『加藤周一の残した言葉」という番組を はじめはよく分からないまま 途中は所々 断片的に耳にしました。加藤氏は昨年(2008年)12月に89歳で亡くなられています。生前に 体調不良で入院されるという直前に収録され 教育テレビのETVで放送されたという内容を土台にして その発言の真意を話し合うという構成でした。

加藤周一氏のことは ほとんど知らないままに(どこかで 誰かと入れ替わって・・・)


その加藤さんが入院直前の今年夏、「どうしても語りたいことがある」と病をおして、2日間インタビューに応じた。そのテーマは1968年であった。

今からちょうど40年前の1968年。激動が全世界を覆った。チェコの民主化運動「プラハの春」で幕を開け、パリ五月革命、シカゴ暴動、東大安田講堂の封鎖など、若者たちによる異議申し立てが世界中に広がった。


1968年といえば 40年も前の事ですから記憶力に自信のないカンタには「・・・・」だが 世界も日本も若者が「チェンジ!」を叫び 急進派とか過激派とか呼ばれながら 大いに議論し語った時代です。

日本の大学闘争の魁となった日大闘争を 私的にまとめられたページにも出会いました。「日大闘争というのは 政治や思想的な対立ではなく 大学の不正を正す行動だった。」それが全国的な大学闘争に連動していく・・・時代ですね。

アメリカでは 金融投機の破綻が相次ぎ「チェンジ!」を掲げた 黒人初の若い大統領が誕生しました。誰かが「百年に一度の危機」というのであれば「明治維新並の改革が必要だということじゃない?定額給付金で時間を費やす時ではない!」と言っていました。この国の政治は 国も地方も世界と乖離して 国盗りごっこに興じているご様子です。 

 

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